2011年5月24日火曜日

利益とは?何のために利益が必要?誰のために利益が必要なんだろう?

「いったい何をどーしたら利益が上がるんだろ~??? (;・∀・) 」
「アレもやってみたしコレもやってみたんだけど、どーも利益が上がらないんだよね・・・ o( ̄_ ̄|||)o--- 」

「一生懸命がんばってはいるんだけど、モロに薄利多売ってゆーか、毎日忙しいのに働けど働けど利益が上がらないんだよね・・・ ヽ(;▽;)ノ 」
「売上も利益も両方上がってくれたらいいんだけど、売上向上がムリならせめて利益だけでも上げたいんだけど・・・ (´;ω;`) 」

「ただでさえ資金繰りが厳しいのに、このまま利益が出ない状態が続くと資金繰りに行き詰っちゃうよ・・・ (;´д⊂) 」
「事業継続の危機に陥っちゃいそうでマジでヤバイかも・・・、ヘタすりゃー倒産しちゃうかも・・・ (|||▽ ) 」

「利益を上げるいい方法って、なーんかないかな~??? (;´Д`)ノ 」
「利益を上げるには何をしたらいいんだろ~??? (o´д`o)=3 」

などなど・・・

「三方よしの経営相談」「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」「人材育成戦略(戦略的な人材育成)」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」などなどのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・

このように、とってもとっても切実な声をお聞きすることもあるんですが・・・
(;´・ω・`)

コレってある意味・・・

ピンチをチャンスに変えるいい機会

とも言えるかもしれないので・・・
(。・ω・。)ノ

そもそもの話、利益って、いったい何だろーか?
利益を上げるって、いったいどーゆーことなんだろーか?

利益と一口に言ってもにもいろいろあるけど、どの利益を上げたいんだろーか?
誰にとっての利益を上げたいんだろーか?

どんな組織だったら、利益が上がるんだろーか?
どんな組織だったら、利益が上がらなくなっちゃうんだろーか?

利益が出ないと困るのは誰なんだろーか?
利益が出なくても困らないのは誰なんだろーか?

何のために、利益とやらが必要なんだろーか?
誰のために、利益とやらが必要なんだろーか?

利益を上げることは、目的なんだろーか?
それとも手段なんだろーか?

などなどについて・・・ 

経営者の立場の方も、管理職の立場の方も、一般従業員の立場の方も、一緒に考えてみません?
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 利益とは?
ウィキペディア
会計上の利益とは、収益から費用を差し引いたものである。
逆に収益よりも費用のほうが多い場合、損失と呼ぶ。

損益計算書においては、会社の状況を見るためにいくつかの段階に分けて利益を計算している。


goo辞書
1. 事業などをして得るもうけ。利潤
2. 得になること。益になること


Weblio辞書
(1) もうけ。得(とく)。収入から費用を引いた残り。利潤
(2) 役に立つこと。ためになること

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]」
【利益の持つ機能とは何か】
利益とは、原因ではなく結果である。
マーケティング、イノベーション、生産性向上の結果手にするものである。

したがって利益は、それ自体致命的に重要な経済的機能を果たす必要不可欠のものである。

① 利益は成果の判定基準である
② 利益は不確定性というリスクに対する保険である
③ 利益はよりよい労働環境を生むための原資である
④ 利益は、医療、国防、教育、オペラなど社会的なサービスと満足をもたらす原資である

最近の企業人は、利益について弁解ばかりしている。
だが、利潤動機や利潤極大化などのナンセンスを言っているかぎり、利益を正当化することはできない。

社会及び経済にとって必要不可欠なものとしての利益については、弁解など無用である。
企業人が罪を感じ弁解の必要を感じるべきは、経済活動や社会活動の遂行が困難になることである。
利益を生むことができなくなることである。


【費用としての利益】
マーケティングの目標
① 既存の製品についての目標
② 既存の製品の廃棄についての目標
③ 既存の市場における新製品についての目標
④ 新市場についての目標
⑤ 流通チャネルについての目標
⑥ アフターサービスについての目標
⑦ 信用供与についての目標


○ イノベーションの目標
「われわれの事業は何であるべきか」との問いに対する答えを具体的な行動に移すためのものである。
イノベーションの目標を設定する上での最大の問題は、イノベーションの影響度と重要度の測定の難しさにある。

① 製品とサービスにおけるイノベーション
② 市場におけるイノベーションと消費者の行動や価値観におけるイノベーション
③ 製品を市場に持っていくまでのイノベーション


○ 経営資源の目標
企業が業績を上げる3種類の経営資源それぞれについても、目標が必要である。
それら経営資源の獲得に関わる目標である。

経済活動には3つの資源が必要である。
土地つまり物的資源、労働つまり人材、資本つまり明日のための資金である。

これら経営資源に関わる目標は、2つの方向において設定しなければならない。

一方の出発点は、経営資源に対する自らの需要である。
他方の出発点、市場である。


○ 生産性の目標
経営資源を手に入れ、それを利用することは第一歩にすぎない。
それらの経営資源を生産的なものにすることが課題である。

あらゆる企業が、物的資源、人材、資金という3つの経営資源について生産性の目標を設定しなければならない。
同時に、生産性全体についての目標を設定しなければならない。


○ 社会的責任の目標
社会性に関わる目標は、単なるよき意図の表明ではなく、企業の戦略に組み込まなければならない。

社会性の目標が必要となるのは、マネジメントが社会に対して責任を負っているためではない。
それは、マネジメントがまさに企業に対して責任を負っているためである。


これら基本的な領域における目標を、徹底的に検討し設定して初めて、
「どれだけの利益が必要か」との問いに取り組むことができる。

それらの目標はいずれも達成に大きなリスクを伴う。
しかも努力、すなわち費用を必要とする。

ここにおいて、利益が企業の目標を達成するうえで必要となってくる。

利益とは、企業存続の条件である。
利益とは、未来の費用、事業を続けるための費用である。

目標を実現するうえで必要な利益をあげている企業は、存続の手段を持っている企業である。
基本的な目標を実現するうえで必要な利益に欠ける企業は、限界的な危うい企業である。

利益計画の作成は必要である。
しかしそれは、無意味な常套語となっている利益の極大化についての計画ではなく、利益の必要額についての計画でなけばならない。

ただしその必要額は、多くの企業が実際にあげている利益はもちろん、その目標としている極大額をも大きく上回ることを知らなければならない。


「夢をかなえる経営計画」
企業の未来にどのようなことが起こるかは誰しも正確に予測することはできません。

しかし、仮に、想定外の自体が突如起ころうともそれに立ち向かっていかなければならないのが企業経営です。

そのための原資として唯一約束されたものが「利益」なのです。
利益なくして企業の健全な成長・発展はありえません。

だから、経営者は、自社の必要不可欠な利益や適性利益の水準をつかんでおかなければなりません。

しかし、中小企業の経営者の中には、この水準をつかんでいない方が多いようです。

これでは、具体的な目標のないまま経営を行っているに等しく、健全な発展は望みようがありません。


「(日本人)」
大震災後、被災地ではじめてスーパーマーケットが店を開けたとき、キャベツには1個500円の値札が付けられていた。

それでも長い行列をつくって開店を待っていた被災者たちは、口々に「ありがとうございます」「助かります」と礼を言ってそのキャベツを買っていた。

こうした報道に接すると、私たちは反射的に、被災者から暴利をむさぼるのは許せないと反発する。
店の在庫を無料で配れとまでは言わないが、商品の価格は震災前と同じか、それに若干上乗せするにとどめるべきだ・・・。

しかしよく考えてみると、ことはそう簡単ではないことがわかる。

キャベツを法外な値段で売ったスーパーは、その利益で次の商品を仕入れることができる。
卸売業者は、商品が被災地でずっと高く売れるのだったら、運送費をよけいに払ってもじゅうぶんに元がとれると考えるだろう。

高い価格は商品の供給を増やし、より早く市場を正常化させる。
被災者は、最初はキャベツに高いお金を払わなければならないかもしれないが、そのことで結果として得をすることになる。

ところが善意で店の在庫を無料で配ってしまうと、利益はまったく残らないから、次の仕入れができなくなる。
そうなれば商品の供給は滞り、キャベツの値段はずっと高くなってしまうかもしれない。


「小さなサービスで大きく売り上げる売れる仕組み」
どんな会社であっても「顧客を無視しろ」などという方針を掲げているようなところはないはずです。
顧客のニーズに応えろ」とか「顧客を大切にしろ」などと旗じるしとして営業を展開していることでしょう。

ところが、実際の営業の場面で、顧客にどのように接しているかというと、「顧客は大事だ」としながらも、結局のところ、顧客を自社の販売目標を達成するための販売先としてしか考えてしなかったり、顧客を単に売上高を増やす相手であるとしか考えていないという場合が多いのです。

立派な方針を掲げているにもかかわらず、その方針がどのような意味を持っているのかをつかめていないために、顧客の視点に立って顧客の要求に応えられていないのです。

では「顧客」とはいったい誰のことをいうのでしょうか。

どのような顧客に対して、自社のどのような商品を提供する営業を行うのか、つまり顧客対象を明確にしてから販売戦略を考えなければ、ちぐはぐな営業をやってしまうことになりかねません。

「よい商品をつくれば必ず売れるはずだ」と考えていても、「どの顧客層をターゲットにしてどのようにこの商品を売るのか」という視点がなければ、売れるものも売れないということになります。

どの顧客と付き合おうが、どのように取引しようが、ある程度の利益が確保できていた時代なら、どのような顧客であっても幅広く付き合っていたほうがチャンスも多くなっていました。

しかし、そんな時代はとうに終わっていて、取引する顧客を間違えると、売上高は増えても、利益が出ないということになりかねません。

どの顧客とも「平等」に取引して、すべての欲求に応えることなどできません。
コストばかりが増えて、それが利益に結びつかないということになりかねません。

顧客には、たくさん利益をくれる顧客、まったく利益をくれない顧客、利益どころか損失を与えかねない顧客もいます。
ですから、すべての顧客は平等というわけにはいかないのです。

売上第一主義の会社では、顧客を絞り込む判断をする際の基準が自社にないことに気づかなければならないのです。
意図的に顧客を選別し、差別化することが大切になってきます。


「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」
顧客をあまりにコケにしている会社のエピソードをうんざりするほど聞いた。
そういう企業はカネ儲けにしか目標がない。

大事なのは、お金をいただく価値のあるものを創り出すことではないのか?

それは、ただカネ儲けが目的のビジネスとはわけがちがう。
顧客が買う理由は、会社の一株当たりの利益率が高いからではない。

「どうしたらもっとよいサービスを提供できるか」と言っていた企業が「どうしたら最も儲かる契約を取ってこられるか」と言い始めたり、「どうしたら人の命を救う薬を開発できるか」と言っていた企業が「どうしたら巨額の利益を出せる薬品を開発できるか」などと言い始めたりしたら、企業が衰退に向かっている警告のサインだ。

お金は指標のひとつにすぎない。
お金は手段にしてもよいが、目的にしてはならない。

お金が目的になってしまうと、価値を付加することがおろそかになり、やがて会社が滅びることになりかねない。


「リストラなしの「年輪経営」」
【利益を出すために必要なこととは?】
ウンチを出すことを目的にしている人はいない。

健康な体なら、自然と毎日出る。
出そうと思わなくても、出て来る。

「健康な会社」であれば、「利益」というウンチは自然と出てくるはず。

毎日、出そうと思わなくても、出て来るもの。
だから、「利益」を出そうと思えば、「健康な会社」をつくることを考えればいい。


【「健康な会社」とは?】
「筋肉質でバランスのいい会社」のこと。

健康な人は、肥りすぎもせず、痩せ過ぎもしていない。
均整の取れた筋肉質の体をしている。
会社も皮下脂肪や内臓脂肪がつきすぎているようでは健康とは言えない。

会社にとって、皮下脂肪や内臓脂肪というのは、内部留保や贅沢なシステムに当たる。

「内部留保は多ければ多いほどいい」というのは、「脂肪が多ければ多いほど飢餓に強い」と考えるのと似ている。
ところが、飢餓の心配ばかりしていると、生活習慣病に陥ることになりかねない。

それ以前に、脂肪が多すぎれば、体の動きが鈍くなる。
逆に、脂肪が足りないと、今度は免疫力が低下して、病気にかかりやすくなる。

筋肉質の会社というのは、パワーがあるということ。
しかし、腕の筋肉が強いとか、足の筋肉だけ強いのではバランスが取れていない。

会社も、製造、販売、開発、財務など、それぞれの筋肉がバランスよく強くなっていることが必要。


【人の犠牲による利益は利益ではない】
継続して、相手もこちらもともに長く繁栄していけるような関係がつくれなければ、商売とは言えない。

仕入先に、原価を割り込むような値付けを要求しても、一時は良いかもしれないが、長い目で見ればマイナス。
相手はこちらに不満を抱き、相手は相手で自分の仕入先に無理を言うようになる。

それが、次々と連鎖していけば、悪循環に陥ることは目に見えている。


【経営には即効薬はない】
48年も増収増益を続けている秘訣を教えてくれと言われるが、私が話せることは、

「当たり前のことを当たり前にやるしかない」

ということだけである。

今の経営者は即効薬を求め過ぎる。
奇を衒うような上手い儲け方があるのではないだろうか、と虫のいい方法を探している。

不景気で苦しいのだろうから気持ちはわかるが、しかしそんなものはない。


「この世でいちばん大事な「カネ」の話」
自分でお金を稼ぐようになると、誘惑だっていろいろとある。
中には「おいしい儲け話」なんていうのもあるかもしれない。

「ラクして稼ぐ」ことばかり考えて、いざというときの判断のベースになる「金銭感覚」が身についてないと、やすやすと足元をすくわれてしまうよ。

習慣っていうのは、一度身についてしまうとなかなか変えられないし、変わらないものだからね。
無意識で繰り返していることが多いぶん、こわいかもしれないよ。

大人がそういう態度だと、子どもだって勘違いしちゃう。
「損しない」ってことがいちばん大事みたいに思っちゃう。

「損したくない」ってことばかり考えていると、人って、ずるくなるんだよ。

少しでも人より得しようって思うから、「だったら、ズルしちゃえ」っていう気持ちが出てきてしまう。
ささいなきっかけで、それがどんどん卑しい行為に結びついてしまう。

きっかけはささいでも、「このくらい、べつにたいしたことはないよな」っていう、自分にだけ都合のいい気持ちが、あとあとの大きな分かれ道になってくる。

人間、誰だってちょっとでも「得をしたい」って思うものでしょ。
だけど、うかうかと一線を越えちゃうと、ダムに空いた小さな穴みたいに、そこから金銭感覚って崩れていってしまうものなんだよ。

あとで絶対に「マイナス」になるものなんだよ。


「どん底からの成功法則」
あるとき、仲間の一人がこう言いました。

「オレ、頭悪いから難しいことはわかんねぇけどよ、商売っちゅうものは、金儲けのためにやるもんなのかい?」
「こんなふうに毎日商売していて楽しいかい?」

平手打ちを食らったように、私は目が覚める思いでこの言葉を反芻しました。

商売は金儲けのためじゃないのか?
私は、商売は儲けるためにするものと思って、これまで疑いもしませんでした。

そうして初めて私は、どうしてこれまでの事業はうまくいかなかったのか、どこでどうやったら会社をつぶさずにすんだのか、そして商売は何のためにやるのかということを考えられるようになったのです。

私はとことん反省したおかげで、それまで事業を起こしてもうまくいかなかったのは、商売とは金儲けだとばかり思っていたからだということに気づくことができました。

人生を急展開させるような「真の反省」をしてみると、これまで思いもしなかったような考え方に出会えるはずです。

出口が見えれば人間は楽になります。
どん底から這い上がるには、その光を見つけられるかどうかか勝負です。


利益が先にあって、その後にニーズがあるのではない
利益が先にあって、その後にニーズがあるのではありません。

当たり前のことに聞こえるでしょうが、実際には「どうすれば利益を得られるか」と考えるところから事業を始める人が多すぎる気がします。


「利益の最大化は正しくない」の真意
利益の最大化だけを目的とし、すべての側面でそれを論理的な結末にしようとすると、社員を解雇したりして利用するだけで、彼らのためになることをやらなくなる。

人々は、自分の人生において意味のあることをやりたいと考えています。
深い意味があって、かつ得がたい目的を胸に持っています。

それは、利益の最大化とは噛み合わない。
ですから、物事を利益の最大化だけで動かそうとすれば、それについていこうとは思いません。

もちろん、企業がお金を儲けるのはいいことですが、それでトップが利するのではなく、組織に還元したり、研究開発につぎ込んでさらにいいものを生み出したりするなど、賢く使うべきです。


ブラック企業に革命を起こすか!?アルバイトの逆襲
人件費を削ることで、利益につなげている業界は、近いうちに今回の騒動をリアルに体験することになるだろう。

「景気が良くなると人手不足になる」ことは、バブル期を経験した者ならば知っているはずだ。
そして、人件費を削ることで利益を得るような企業からは、いち早く人が消えていくだろう。

従業員を大切にしない経営者は、お客さんを大切にしていないのと同じことだと考えている。
ネット内のコミュニティは、経営者が考えている以上に拡がっていると考えた方がいいだろう。

アルバイトの反乱が起きうる可能性はある。
アラブの春ではないが、改めてインターネット世界の奥深さに考えさせられる。


何でもかんでも他人の責任にできるもんですよ
責任ってのは、きちんとした判断能力が無いと、正解に、全くたどりつけないで、結局、何もかも上手くいかないで、失敗して、俺は悪く無いと主張してしまうものでしょう。

最近の日本では、どんどん、他人の責任にして生きている人たちが増えているし、そういう考え方の方が正しいと教えている気もするし、それが、正解だと勘違いしている気がします。

おかしなことを、平気でテレビとかで放送されたり、新聞とか、雑誌とかで書かれていることも多々あるけど、それが、正しいと言うのが、普通になっていますね。
自分のことを中心に考え、分からないことでも適当に想像して判断している人が多いような気がします。

経営が悪化して、リストラしたり、工場を閉鎖したり、施設を売却したりと、会社を立て直そうとしている所が多いと思いますが、何か変じゃない?ってことです。
一見、正しいことをして、これから、頑張っていきます!ってことでしょうけど。

じゃあ、リストラされた人は?
工場が閉鎖されたら、その近辺の人たちは?
施設を売却って、無駄なことをしていたの?

元々、経営が悪化したのは、誰の責任なの?
何故、ひどくなる、もっと前から立て直せなかったの?
と言う疑問が浮かんできます。

工場だったら、運送会社とか、工場の近くに営業所があったけど、それが無くなったり、食堂の業者も大変だろうし、近くの下請けの工場も仕事が無くなると、、、、

工場を閉鎖して、リストラ何人とか他人ごとのように、自分が責任が全くないような感じで、平気で言ってますが、実際には、数字で表せない人もたくさんいるんですよね。

人間って、どうして、ここまで発展してきたの?って考えると、一つに、お互いに協力しあってきたからってことがあります。
何にするにしても、一人だけで頑張って出来ることなんて、たかだか知れています。

お金があれば、何でも出来るよって言う人もいるかもしれませんが、お金って結局、約束って言うか、人と人とのつながりをサポートしているだけで、お金なんて、ただの紙切れとなる場合もありますからね。

お金って、赤の他人同士でも、協力しあうために便利な道具ってだけで、お金があれば大丈夫と安心してもしょうがないですよね。
緊急時には、お金がいくらあっても、意味が無いですよね。

協力しあった方が楽なことが沢山あります。

一人で、食べ物だ、水だ、安全に寝れる場所だ、情報収集だ、と、全部やるより、分担して分け合ったり、共有化したりすることで、全員が助かるものでしょう。
一人一人がバラバラだと、助かるものも助からないものでしょうからね。

人件費を下げて、サービスは向上させて、、、って、非現実的なことを平気で言って、中途半端ことをしていたら、そりゃ~そのお店に行きたいと思わなくなりますよね。

まず、働いている人が、自分もこういうお店に来たいなって思える店にしないと、駄目なんでしょうけど、最近は、裏事情を知ると、そのお店に行きたくないなってこともありますからね。

食材偽装だって、頑張って利益をだそうと、頑張った結果?でしょうしね。
普通の企業が、普通に悪徳商法をしている時代になってしまっている気もしますしね。
企業努力が、お客の為では無いのでしょうかね?

社員の教育だって、お金がかかるからって手を抜いていたら、いつまで経っても、良い社員は育たない。
お店なんて、簡単につぶれたりしますからね。


「こうすれば組織は変えられる!」
あなた自身の懐を肥やすために従業員に今の2倍の努力をするよう求めても無駄なことだ。
その結果、従業員たちが疲労困憊してしまうような場合には、なおのことだ。

しかし、何らかの公正なシステムをつくって従業員たちと利益を分かち合い、かつ、今の仕事を片付ければもっとよい仕事に移れるということを保障すれば、あなたはより大きなパイを手に入れることになる。

当然、全員が得る分け前も、その分大きくなる。

あなたのためだけでなく、自分のためでもあるということがわかれば、従業員たちはさらに意欲的に努力するようになり、結果的にあなた自身の利益も飛躍的に伸びていくことになる。


「ゼロのちから」
「お金だけでやる気になる人はほとんどいません」
「やる気のある社員のほとんどは、会社の目標と自分の目標が同じなのです」

自分の仕事を心から愛している人、そしてなぜその仕事についているかきちんと自覚している人を10人思い浮かべてほしい。
給料は2倍だが仕事に対する愛や理解がない人たちよりも、その10人はきっと、勤勉で、発想が豊かで、結果を出しているはずだ。

ほとんどの人たちは、人生からお金以上のものを得たいと思っている。
心の充足、達成感、成功によって得られる名声といったあらゆるものを。

私たち社会は変わっているのに、企業はそれに追いついていない。

言いかえれば、企業を測る尺度として利益は唯一のものでも真っ先にくるものでもなく、必ずしもお金がいちばん大切ではないということだ。

実業界のスーパースターたちは、もっと金持ちになるために今の仕事をしているのではなく、それが好きだからやっているのだと公言している。
彼らが1日20時間も働き続けるのは、いまさらもっと金を稼ぎたいからではないだろう。

先駆者になり、業界を変革し、新たな基準をつくり、顧客が目標を達成するのを助け・・・
そして楽しむためにそうしているのだ。

自分の仕事にプライドをもつ人たちは、よりよい結果を残す。
多くの企業はこれに気づかないか、理解できない。

「社員はまず人間で、次に働き手なんだ」

彼らには夢も希望も、問題も不安もある。
それらを無視することは、彼らの夢や希望、問題や不安など組織にとってはどうでもいいと伝えるようなものだ。

これでは人の心は必ず離れる。
あなたは金だけが目的の社員が欲しいだろうか?

数字ばかりに目を向けていると、社員は自分の価値も数字で測ろうとするようになる。


「「応援したくなる企業」の時代」
人間には一時的なよろこびや快楽を求めがちな性質がある。
その状態を目的とし、そこを重視してモノやサービスを提供すれば、たしかに生活者からもポジティブな反応を得られる可能性は高まる。

そのため、企業にも短期的な快楽を訴求できるようなモノやサービスをつくろうとしがちな傾向があった。

だが、一時的な快楽を重ねても、本質的な部分を「幸福化」することはできない。
そして、すでに生活者の多くは、そのことに気づきはじめている。

いま社会で潜在的に求められているのは持続的な幸福なのである。
これからの時代により求められるのは「happiness」ではなく「well-being」であろう。
「よりよく生きる」「満足がつづく」という意味合いだ。

いち組織ですべてを解決しようとするのではなく、企業、生活者を含む関係者すべてがフラットに力を「合」わせてビジネスの活動にあたるような、新しい共創型の発想が強く求められるようになる。

逆に、いままで「しあわせ」を十分に供給することができなかった企業が、今後も変わらず収益最優先の拡大路線活動をつづけようとすれば、生活者の心は離れ、やがて立ち行かなくなる。

利益だけを追求するような企業は、存在意義も見出せなくなるにちがいない。

これからは、どうしたら社会が「しあわせ」になるかを考え、独自のやり方で、それを提供しようとする高い「志」が、企業に求められる時代になる。

そして、そういう姿勢を持った企業こそが生活者の共感を獲得し、長く生き残っていくことになるのではないか。

生活者が自分たちの「しあわせ」を真摯に考えてくれるとして信頼し、支持したくなる企業、つまり「応援する価値がある」と認められた企業が、社会に必要とされるのである。


「日本でいちばん大切にしたい会社」
【経営者がする「5つの言い訳」】
① 景気や政策が悪い
② 業種・業態が悪い
③ 規模が小さい
④ ロケーションが悪い
⑤ 大企業・大型店が悪い

この5つの言い訳をする経営者は必ず、

「そこにわが社の業績が上がらない最大原因がある」
「変わるべき・変えるべきなのは外部環境である」

と言う。

そうした経営者は、いつの時代にも、これら5つの言い訳が口癖になっている。

そして、それらの経営者のもう一つの特徴は、

何よりも重視し、その実現を追及しなければならない社員や家族、下請け企業や顧客等の幸せに対する思いが総じて弱い・低い。


【会社は、経営者や株主のものではない】
最近、多くの人が勘違いしているが、会社は経営者や株主のものではない。
その大小にかかわらず、

従業員やその家族、顧客や地域社会など、その企業に直接かかわる全ての人々のものある。

だから国や県などの行政機関や商工会議所などが、「私的なもの」である会社を、政策、税制、金融、技術、さらには経営面で大きく支援しているのである。

会社は生まれた瞬間から、経営者やその親族などの一部のひとのものではなく、広く社会のものと考えるべきなのである。

この点を理解していない会社の経営者が、非常に多くなっている。

どんなに高い技術を擁し、どんなによい商品を提供していたとしても、

「企業は社会みんなのものである」

という根本原則を忘れ、

社会の公器としての責任や使命をないがしろにしている会社は、結局壊れていくのである。


【会社として最も大切なこととは?】
会社が今やっていること、これからやろうとしていることについて、
「儲かるか儲からないか」とか、「他社に勝つか負けるか」といった視点ではなく、

それが、

「正しいか正しくないのか」
「どんな判断をすることが社員のためお客様のため・地域社会のためになるのか」

などといった、会社がもっていなければならない正義感や倫理観に立って決断しなければならない。

そのうえで、

「その決断にやましいところはないか」

を、考えなければならない。

会社でいちばん大切なのは業績を上げることだといわれるが、それは違う。
業績を上げるのは会社を継続させるためなのである。

「業績が高い」といっても、業績が上がったときに社員を雇い、業績が下がったときに社員の首を切るようなことを繰り返しているような会社は、長続きしないものである。


「どうする? 日本企業」
1970年代の経済白書は「日本経済が国際経済社会で立派に通用するように経済構造を改変していく」必要性を指摘していますし、1974年の白書は「従来のようなかたちで、高い成長を続けてくことはできなくなってきております」と言い切っています。

経済企画庁(現在は内閣府)長官が「物量的成長経済を超えて人間的豊かさの経済への新しい進路と、さらにまた新しい国際協調への道を切り拓かなければならないときであります」と宣言したのも、1974年のことでした。

しかし、日本は結局のところ舵をきりませんでした。
折りよく吹いてきた神風をとらえ、安易に便乗する道を選んでしまったからです。

さて、ここまでして成長を追い求めた日本は何を得たのでしょうか。
いまだ日本は「無理やり成長」のツケに苦しんでいるのに、相変わらず「成長戦略」の大合唱でよいのでしょうか。

成長を目標に掲げると、ろくなことになりません。

成長を達成する道が何本もあるからです。
その中には筋の良い道もあれば、筋の悪い道も混ざっています。

そして、成長を目標として押しつけた瞬間、善良な社員たちが易きについて、全速力で筋の悪い道を走り始めてしまうのです。

それが、「利益なき成長」につながります。

ここで易きにつく社員を責めるのは、お門違いです。
「いついつまでに、この数字を達成せよ」と言われたら、優秀な社員ほど逆算を働かせます。

そして数字を積み上げる方策に走ってしまうのです。

期限を切られたら、誰しも結果の読める世界に勝負するに決まっています。
結果の読めない未知の世界に挑戦しようにも、会社の上層部から何本も横槍が入ることまで見えていれば、なおさらです。

そもそも成長目標を掲げる経営の発想には、根本的な無理があります。

企業が価格を決めれば、どれだけ売れるかは市場に委ねるしか道はなく、逆に企業が出荷数量を決めれば、いくらで捌けるかは蓋を開けてみなければわからない。
これが、その中身です。

価格と数量を同時に決めることができない以上、両者の掛算で決まる売上高は本質的に不確定な数字と受け止めるしかありません。

それなのに、努力によって売上高を変えられると信じ込み、社員を数値目標で煽り立てる経営は、いかにも馬鹿げています。
まさに「百害あって一利なし」です。

近年、価格破壊を嘆く声を耳にする機会がとみに増えましたが、嘆く人ほど売上目標を立て、量を追っているのではないでしょうか。

量を追えば価格が下がるのは自明の理です。
文句を言っても始まりません。

人口の増大する国で経済成長が実現するのは、不思議でも何でもありません。
近隣に統合する相手もいなければ、移民も受け入れないという日本が欧米の向こうを張って下手に背伸びすれば、破滅への道を歩むだけでしょう。

仕事の醍醐味は、事業を通して世界を変えるところにあるはずです。
企業利益は、そういう目標に挑戦する意欲をかき立てるための報償と考えればわかりやすいと思います。

それにもかかわらず世界を変える努力を放棄して、既知の世界で数字の積み上げに走るのでは話になりません。
結果が読める努力に終始する以上、日本企業が衰退の道を歩むのは自業自得と言ってしかるべきではないでしょうか。

掛け声だけは威勢のいい中期経営計画がどれほど虚しいものか、もうおわかりのはずです。

結果として実現する成長なら喜ぶべきですが、成長を必達目標に掲げるのは本末転倒で、それを許してしまったからこそ日本は辛酸を舐めることになりました。

このままでは企業の組織も社員の生活も、そして国の財政も、疲弊するばかりです。
そろそろ発想を入れ替えるときだと思いませんか。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ~ (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪


のかも~???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?




★★★ ネクストストラテジーは、三方よし経営の黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に「三方よし経営」のお手伝いを行っております。
「戦略的な組織づくり」「戦略的な人材育成」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 (⌒人⌒)


【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?
手段の目的化とは?手法や方法論と目的や目標との関係って何だろう?
自律とは?自立とは?その違いって?自律型人材って何だろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って何だろう?


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?

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