2011年10月11日火曜日

リスクとは?リスクマネジメントとは?リスクヘッジとは?何のため?

「リスクがあるからやめておいた方がいいって、あの時あんなに反対したのにぃ~! ( TДT) 」
「今の世の中、いつ何時何が起こるかわからないから、リスクヘッジはやっぱ必要だよね・・・ o( ̄_ ̄|||)o--- 」

「リスクマネジメントって、何からどーやってやったらいいの?いくらぐらいかかるものなの? (;゜Д゜) 」
「ウチの会社には、どんなリスクがあるんだろ~???やっぱ倒産とかかな~???何からどーやって考えたらいいんだろ~??? (;・∀・) 」

「リスクマネジメントって、やらなきゃいけないもんなの?地震とか津波とか火事とかなんて滅多におきないのに? ヽ(´∞`)ノ 」
「リスクを恐れていたら、なーんにもできなくなっちゃうよね~、経営にリスクは付きものだもんね~ ( ̄▽+ ̄*) 」

などなど・・・

「三方よしの経営相談」「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」「人材育成戦略(戦略的な人材育成)」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」などなどのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・

このような声をお聞きする機会もあるんですが・・・
( ´・ω・`)

リスクって、何だろーか?
リスクマネジメントって、何だろーか?
リスクヘッジって、何だろーか?

どんなリスクに、対応すればいいんだろーか?
どんなリスクには、対応しなくていいんだろーか?

リスクを取るって、どーゆーことなんだろーか?
リスクを取らないって、どーゆーことなんだろーか?

経営を行う上で、どんなリスクがあるんだろーか?
組織には、どんなリスクがあるんだろーか?

リスクやらリスクヘッジやらリスクマネジメントやらに関係するのって、誰なんだろーか?
経営者や管理職だけに関係することなんだろーか?
一般従業員には関係ないことなんだろーか?関係するんだろーか?
取引先には関係ないことなんだろーか?関係するんだろーか?

何のためにリスクを取ったり、リスクに対応したりするんだろーか?
誰のためにリスクを取ったり、リスクに対応したりするんだろーか?

などなどについて・・・ 

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ リスクとは?
はてなキーワード
危険。不測可能性。

数学においても、不確実性(uncertainty)とリスク(risk)は同義であるが、不確実性(もしくは不確定性)という用語が一般的である。


ウィキペディア
リスク (risk) の定義にはさまざまあるが、一般的には、

「ある行動に伴って(あるいは行動しないことによって)、危険に遭う可能性や損をする可能性を意味する概念」

と理解されている。

日本語ではハザード (hazard) とともに「危険性」などと訳されることもあるが、ハザードは潜在的に危険の原因となりうるものを指し、リスクは実際にそれが起こって現実の危険となる可能性を組み合わせた概念である。

ハザードがあるとしてもそれがまず起こりえない場合のリスクは低く、一方確率は低くても起こった場合の結果が甚大であれば、リスクは高い。

リスク概念は「安全」概念の定義と結びつけてはじめてその概念と背景にある思想が理解できる。

安全とは、リスクが小さいことである。
この背景には、リスク・ゼロ追求は現実的な安全追求の姿勢でないという反省がある。


■ 経営リスクとは?
コトバンク
経営全般にかかる事業体制の不備や外的要因による間接的影響から生じる、「経営損失の危険性」。
企業の事業活動だけではなく、個人事業主、SOHO、さらには第三セクター、官庁などの事業活動も含まれる。

為替などの業務から、商品の生産、販売、流通、アフターサービスなど、事業活動を行なっている全過程において発生する。
また企業内部で発生しうる経営リスクとしては、法務リスク、財務リスク、人事リスクなどもこれに含まれる。


■ リスクヘッジとは?
金融・経済用語辞典
リスクヘッジとは、様々な起こりうるリスクを回避したり、その大きさを軽減するように工夫することを指す。

ちなみに「ヘッジ」というだけでも同じ意味を指す。

具体的にはヘッジ取引により将来のリスク低減、分散投資によるリスクの低減などが代表的。
リスクマネジメントとも呼ばれる。

なお、金融取引だけでなく、ビジネスの一般用語として用いられる。
例えば将来の勤め先の業績悪化による解雇というリスクに対して、そのリスクをヘッジするために資格を取得して自身の価値を向上させることもリスクヘッジの一つである。

リスクとは「不確実性」という意味であり、将来どうなるか分からないということに対して、特にマイナスの意味をもつ事態・事由に対してそのリスク低減のための行動がリスクヘッジとなる。


■ リスクマネジメントとは?
ウィキペディア
リスクマネジメントとは、リスクを組織的にマネジメントし、ハザード(危害(harm)の発生源・発生原因)、損失などを回避もしくは、それらの低減をはかるプロセスをいう。

各種の危険による不測の損害を最小の費用で効果的に処理するための経営管理手法である。

リスクマネジメントとは、リスクを把握・特定することから始まり、把握・特定したリスクを発生頻度(発生確率)と影響度(酷さ)の観点から評価した後、発生頻度と影響度の積を評価の尺度とした、リスクの種類に応じて対策を講じる、また、仮にリスクが実際に発生した際には、リスクによる被害を最小限に抑えるという一連のプロセスをいう。

どの会社においても、意思決定を行う際は、当然、暗黙の了解で、そういったことをこれまで行ってきたものと思われるが、近年、リスクマネジメントに対する意識の高まりを受け、特に、明示的に行われるケースが増えている。


Weblio辞書
リスクを管理する活動。

企業はリスク・マネジメントによって、企業活動に関連するリスクを把握、コントロールし、リスクの回避や分散、リスクによる損害や損失の予防や最小化を目指す。

リスクを把握する上で想定すべき範囲は、自然災害や事故、何らかの事件との関わり、社内組織や従業員個人などの違法行為や逸脱行為など広い。

また、自然災害のように外部からもたらされる要因と、自社の組織や仕組みの不全や従業員の逸脱行為やケアレスミスなど、内部からもたらせる要因がある。

リスクの洗い出しと、その影響度などを評価して、優先順位を決めた上で対策を決定する。

リスクによる損害は、収益に直接的な損害だけでなく、企業に対する世間の評判による信用やブランド・エクイティの低下につながるレピュテーション・リスクも含まれる。

また、リスクが顕在化した緊急事態での対応である危機管理(クライシス・マネジメント)まで含めて、広義のリスクマネジメントと考える場合もある。

リスクマネジメントの実施には、社内での組織体制が必要となる。
多くの場合、社長直下にリスク・マネジメント担当責任者(CRO)と組織体を置き、全社活動として進めている。

近年、日本企業のリスク・マネジメントへの対策は重要視されている。

その背景には、外部環境として、規制緩和により自己規制の範囲が広がったことや、科学技術、金融工学などの進化により、従来以上にリスクの範囲が地域的にも損害範囲も大きくなってきたことがある。

例えば、1人の社員の不正なデリバティブ取引で1000億円以上の損失が生まれた事件などの例もある。
さらに、このようなリスクが顕在化したとき、未然防止の十分な対策や日常業務の管理責任を経営側がより問われるようになってきたという環境変化もある。

その一方、リスク・マネジメントに対して十分に対策できていると回答している企業は、全体の1/4という調査結果(経済産業省調べ)もある。


■ リスクアセスメントとは?
ウィキペディア
リスクアセスメントとは、リスクの大きさを評価し、そのリスクが許容できるか否かを決定する全体的なプロセスのことである。
リスクアセスメントとは、もともとリスク管理プロセス内のサブプロセスである。

具体的には、リスク分析により明確化されたリスク因子に基づき、

1. リスク因子により組織の財務基盤にどのような悪影響を及ぼしうるかの評価
2. それにより、どのリスク因子を優先的に対処していくかの優先順位決定
3. リスク対処のコストパフォーマンスを、上述の財務基盤への影響度も絡めて分析評価し、再検討

と言った手順を取る。

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」
過度の楽観主義の罠に落ちないためには、いくらかの楽観主義をもつ必要がある。
「現実原則」を実践し、現実を直視しなくてはならない。

現実原則を実践する人は、子どものように衝動のまま行動するのではなく、夢を実現するためにどういう代償を払う必要があるかを現実的に考える。

その一環として、どこに落とし穴があるかを予測し、失敗を回避したり、失敗のダメージを和らげたりする方法を検討する。

現実を確認することは、危機管理を行うために欠かせない一歩だ。


リスクマネジメントとは何か
リスクマネジメント。
この言葉は日本語に翻訳しにくいことから、勘違いされていることが多いように思います。

直訳すると「危険を管理する」という意味になるのですが、実際には「リスク」は「危険」とは似て非なるものです。
また、「マネジメント」を訳した日本語である「管理」も、何をどのように管理するのか、ハッキリとした答えを与えてくれません。

・リスクが高い=不確実性が高い=将来の予想がしにくい
・リスクが低い=不確実性が低い=将来の予想がしやすい

リスクとは「予想外の出来事が起こること」だと理解していただけたでしょうか。

ただし、企業経営に影響を及ぼすのは起こって欲しくない事象ですから、リスクマネジメントの対象となる「リスク」には、どうしても悪い出来事というイメージが付きまとってしまう、だから「危険」という訳語があてられている、ということなのです。

では、もう一方のマネジメントとは、どのような意味なのでしょうか。
悪い出来事が起こってしまうことを完全に抑止することでしょうか。

それとも、悪い出来事が起こってしまった後の対処方法を予め定めておくことでしょうか。
残念ながら、一般的に思われているこれらのイメージも誤解に基づくものといわざるを得ないのが現状です。

リスクマネジメントで行われる「マネジメント」を一言で表現するなら、高いリスクを低くすることと書けるでしょうか。

別の言い方をすれば、「予想の立てにくい将来の出来事」を「予想しやすくする」こととも表現できます。
経営全般に関わる事柄の不確実性をできる限り軽減することと言うこともできるでしょう。

まず、経営者が意識を改革する必要があります。
従業員は経営者の振る舞いや発言には敏感ですので、まずは己の身を正すところから始めるべきでしょう。

社会にとって有用な存在であり続ける努力が、業績として反映される時代の到来。
考え方によっては、企業の存在意義が原点に返ったのだと言うことができるかもしれません。


日本人はなぜリスクを回避したがるのか
「世界価値観調査」によれば、日本人は「自分は冒険やリスクを求める」のカテゴリーに自分が当てはまらないと思っている人の割合が世界で一番高い(70%強)。

日本人全体でリスクを避けようとする傾向が世界で際立っているのだ。
日本人はどんな場合でも他人から非難される可能性があることを避けようとする傾向が高い。

グローバル化が進む中でどう変わればよいのか分からず、いらだちばかりが募る日本人の心情は、世界価値観調査によく表れている。

つまり、置かれた状況に対して不安や怒りは強いものの、自らが変えていこうとする意識は低い。
自分の意見を発信して周りの人たちを変えようとする人は少ないと言われている。

ただし、状況が明確であれば(自由になんでもやっていいのだと分かれば)、米国人と同様に自己主張をする。

日本人のリスク回避志向は心の問題として扱うのではなく、リスクを積極的に取ろうとする人たちが利益を得られるような社会の仕組みを構築することが不可欠である。


「こうすれば組織は変えられる!」
今日、リスクテイキングの能力はあらゆる場面で要求される。
リスクをすべて避けようとすることこそ、最も大きなリスクを生み出す行為となる。

リスクを拒否する人たちは、何を行うにしても最も安全なアプローチを求める。

リスクテイキングを企業文化の中心要素にすることを真剣に考えているならば、成功したときの報酬を十分に高く、失敗したときのペナルティをできるだけ小さくするシステムをつくるべきである。

リスクテイキングに対する社員たちの不安をなくすには、結果を心配せずに、つまり失敗を恐れずにリスクを冒すことのできる文化をつくらなければならない。

大胆な積極性は、それを歓迎する環境があるとき、成功の可能性を大きくする。

組織に属す人々がリスクを取るためには、「支援」を受け続けることが不可欠となる。
また、リスクを取るには、相応の準備をしておかなければならない。

リスクを取った個人が致命的な影響を受けることがあってはならない。


「「一体感」が会社を潰す」
権限のある人が、その権限を使ってビジネスを行い、成果をあげれば報酬を受け取り、失敗すれば責任を問われるというのが正論です。

ところが、この正論が通用しないのが日本の組織です。

権限は与えられず、責任だけとらされる組織にいるメリットはゼロです。
権限と責任が不釣合いな組織では、誰もリスクをとりたがりません。

誰もリスクをとりたがらないのですから、当然、リターンもない、じり貧の組織になります。

「挑戦しよう」「新しいことにチャレンジしよう」といくら掛け声をかけたとしても、思ったとおり自由にやらせてもらえず、失敗したら責任をとらされることがわかっているのですから、誰もそんな挑戦などしません。


右肩下がりの時代を生き抜く3つの方法
人事慣行に関していえば、日本は中国以上に共産主義的だ。
いま果たしている役割や貢献よりも、平等さや既得権の方が意味を持つ。

その結果、大きな失敗でもしない限り、いまのポジションに居続けることができる。
言い換えれば、誰もリスクを取ろうとはしなくなるのだ。


リスクの有無を行動の基盤にしてはならない(3分間ドラッカー)
「事業においては、リスクを最小にすべく努めなければならない」

「だがリスクを避けることにとらわれるならば、結局は、最大にしてかつ最も不合理なリスク、すなわち無為のリスクを負うことになる」

「リスクの有無を行動の基盤としてはならない」
「リスクは行動に対する制約にすぎない」
(『創造する経営者』)

リスクには4つの種類がある。

○ 負うべきリスク、すなわち事業の本質に付随するリスク
○ 負えるリスク
○ 負えないリスク
○ 負わないことによるリスク

である。


問題なのはリスクを冒さないこと冒せなくなること(3分間ドラッカー)
「企業活動に伴うリスクをなくそうとしても無駄である」
「現在の資源を未来の期待に投入することには、必然的にリスクが伴う」

「リスクの最小化という言葉には、リスクを冒したり、リスクをつくりだすことを非難する響きがある」
「つまるところ、企業という存在そのものに対する非難の響きがある」
『マネジメント』

経済活動において最大のリスクは、リスクを冒さないことである。
そしてそれ以上に、リスクを冒せなくなることである。


「借金なんかで死ぬな!」
自営業という立場は過酷です。

大企業の社長の場合、責任の範囲がはっきりしていますので、会社を経営破綻に導いても基本的には社長をクビになる程度で済みますが、自営業者の場合、事業資金の借入を社長個人が連帯保証している場合がほとんどであり、中には奥さんの実家を担保提供していたり、個人名義のカードローンで資金繰りしていることも少なくないので、倒産すれば債権者から個人資産の処分まで求められるのが当たり前です。

事実上の無限責任ですね。
このため、自営業者にとっては「事業に失敗すること」は「ほぼ全ての資産を失うこと」とイコールなのです。

にもかかわらず、失敗したときに備えての「意識」があまりにも希薄です。
「知識」もあまり行き渡っていません。

悲劇の原因はここにあります。
大事なのは、「意識」と「知識」の両輪です。


「採用基準」
リーダーとは「決める人」です。
検討する人でも考える人でも分析する人でもありません。

リーダーとは、たとえ十分な情報が揃っていなくても、たとえ十分な検討を行う時間が足りなくても、決めるべき時に決めることができる人です。

日本の組織の決断が遅いと言われるのは、この点におけるリーダーシップの差が現れているのだと思います。

当然ですが、情報が完全に揃っていない段階で決断をすることには、リスクが伴います。
このリスクをとるのがリーダーの役目なのですが、日本では時に、「リスクを、人ではなく場所に負わせる」というびっくりするような手法が使われます。

たとえば「それはどこで決まったのか」という問いと、「○○会議で決まった」という回答が有り得ることは、日本における「決める」という行為の特殊性をよく表しています。

決めたのは場所ではなく、人のはずです。
誰かがその会議において決めたはずです。

しかし私たちは決めた人をあえて曖昧にするために、「会議で決まった」という言い方をするのです。

決めることができないのは、責任をとるのが怖いからでしょう。
決断を下す人には、常に結果責任が問われます。
それが怖い人はいつまでも決断を引き延ばします。

そして彼らが決断をしない理由(言い訳)はいつも同じです。
それは、「十分な検討時間がなかった」と、「必要な情報が揃っていない」のふたつです。

しかし過去のことならともかく、未来のことに関して十分な情報が揃うことはありません。


「組織行動セーフティマネジメント」
ある企業では、コンプライアンス違反を指摘されることを恐れるあまり、従業員の禁止行動をどんどん増やしている。

売り上げを立てなければいけないのに、「あれもダメ、これもダメ」と過剰規制をかけられる営業スタッフの嘆きも、もっともである。

一方で、ただコンプライアンスを宣言するだけで、それでいいと思っているような企業もある。

帝国データバンクが把握しているだけでも、コンプライアンス違反が原因で失職した従業員が3550人おり、その内容は「粉飾」がトップである。

2代目社長がワンマン指揮を振るうある企業では、データ改ざんが暗黙の了解で毎年行なわれ、社内の慣習にすらなっていた。

「このままではまずい・・・」

従業員の多くが危機感を抱いているのに、トップが動いてくれない限り変えられない。

機密漏洩、企業買収、訴訟問題・・・
こうしたことによるビジネス上の危険は、グローバル化が進むビジネス社会で、もはや避けて通れない。

また、従業員の雇用に関するトラブルも大きな問題に発展する場合がある。
セクハラ、パワハラなど従業員同士のトラブルも経営に大ダメージを与える。

企業に所属する従業員のトラブルは、個人の問題に留まらず企業全体に波及するケースもあり、社をあげて早急に取り組んでいく必要がある。

さらに、経済のグローバル化は、雇用のグローバル化を促進している。
その結果、文化や風習が異なる外国人従業員を雇用することでのトラブルや、海外で活躍する日本人従業員が現地で事故に巻き込まれるケースも増えてきている。

これまで平和な環境でビジネスを進めてこられた日本の危機管理に対する考え方に大きな隔たりがあるのが現実だ。

大きな企業事故が発生する原因は、もとはと言えば一人の従業員の小さな行動にある。
企業80%から95%が、いち従業員の「非安全的」な行動から起きるということがわかっているが、そのほとんどのケースにおいて、原因をつくった従業員には悪意などないのである。

「まさか危険な事態になどならないだろう・・・」

危険につながる小さな行動は、日常の中にあまりにもたくさん存在するために、慣れっこになっていて、なかなか危機意識が持てない。
人の命を奪うような交通事故を起こした人間も、「わざと事故を起こしてやろう」などと考えていたわけではない。

ちょっとしたことが原因で、思いもよらない結果を引き起こしてしまうのである。
経営者やマネージャーは、この事実を深く認識しなくてはいけない。

売り上げを伸ばすことだけを考えたならば、経営者やマネージャーが率先して範を示さなくても、一人ひとりの従業員の働きによってそれが可能になることがある。
(継続的には無理であるが)

しかしながら、安全管理においては、この公式は当てはまらない。
よほど、経営者やマネージャーが本気にならなくては、企業の安全は成り立たないのだ。

つまり、こと安全管理においては、経営者やマネージャーのリーダーシップが強く問われているのである。
安全管理においては、経営者やマネージャーが動かなければ、従業員は動かない。

偽物のリーダーではなく、真に求められる本物のリーダーであるかどうか、その資質が問われるのがセーフティ問題なのである。

「まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかった」

私たちがこう言い訳するとき、たしかに思ってもみなかったのかもしれないが、そこに小さな危険性が存在していること自体は知っていたはずである。

しかし、強く認識することができなかっただけ。
あるいは、認識することを避けていたと言うほうが正しいかもしれない。

人は、頭で理解しているとおりには正しく動けない。
自分が危険な目に遭いたくないし、他人を危険な目に遭わせたくもない。

ここまでは理解している。
しかし、この理解どおりにいつも正しく動けるとは限らないのが人間だ。

そうしたことを承知したうえで、「企業文化」にしていく覚悟が、経営者やマネージャーに強く求められている。


「医療事故 ― なぜ起こるのか、どうすれば防げるのか」
事故は個人が起こすものではなく、組織の中で起こるものですから、個人に責任を押しつけて処分し、それで片付けてしまうやり方では、事故を起こしやすい組織の体質はそのまま残ってしまいます。

一方、自分の責任を認め、事故の経過や状況を正直に明らかにしたばかりに、それが証拠となって処分が重くなるということになれば、その後は

「事故を否定する」
「不都合な点はできるだけ隠す」

ようになってしまいがちになるのは、人間の心理の面から明らかです。

同様に、組織についても、事故後に組織が自発的に事故調査をし、自らの組織の問題点を明らかにして発表することによって、かえって重い処分を受けるということになれば、以後、

「できるだけ隠す方が得」

となってしまいます。

それでは「事故から学ぶ」ことができなくなり、安全な組織に改善するチャンスを逃すことになるでしょう。


「希望格差社会」
リスクという言葉は、近代社会になってできた言葉である。
イタリア語の risicare に由来し、もともとは「勇気を持って試みる」という意味だったという。

ルネサンス時代のヨーロッパ社会では、中世の伝統を守る生活に別れを告げ、外には、大航海に「勇気をもって」船を出し、内ではサイコロ賭博などのギャンブルが始まった。
賭け率の計算の必要から「確率論」が誕生し、同時にリスクに対処するための仕組みである「保険」が発明される。

日本語の「危険」は、英語のデンジャー(danger)に近い。
近づくと確実に生命、健康、財産などを失うものをいう。

また、英語にはハザード(hazard)という言葉があり、「差し迫った危険」というニュアンスがあり、潜在化した危険ということができる。
これらの言葉は、常に悪い意味で使われる。

しかし、リスクは、原義が「勇気を持って試みる」という意味であるから、必ずしも悪い意味ではない。
何かを得るためについてまわる危険性であり、必ず出会うわけではないというニュアンスがある。

危険が伴うことを知りながら、その危険に出会うかもしれない状況に身をさらして、何かを達成しようとする時、その危険をリスクと呼ぶ。

リスクは「主観的なもの」であるという議論もある。

将来のことを何も考えなければ、本人にとって、リスクは存在しない。
突然、危険が目の前に現れるだけである。

リスクの個人化が進行するということは、自己決定や自己責任の原則の浸透と表裏一体である。

リスクに出会うのは、自分の決定に基づいているのだから、そのリスクは、誰の助けも期待せずに、自分で処理することが求められているのだ。

失業したり、フリーターになるのは、自分の能力の問題である。
離婚したのは、離婚するような相手と結婚したからである。

そして、保険会社が倒産して保険金がもらえないのは、危ない会社を選んだ個人の責任であるというように、保険というリスクヘッジに伴うリスクの責任までもとらされるのである。

現在日本では、リスクの普遍化が進行し、「意志によっては」避け得ないものとなっている。

そして、リスクが避け得ないものとなると同時に、個人は、そのリスクをヘッジすること、そして、生じたリスクに対処することを、個人で行わなければならない時代になっている。
そのリスクに対処しなくてはいけない個人の間に差がついているのが、近年の傾向なのだ。


「フリーエージェント社会の到来 ― 「雇われない生き方」は何を変えるか」
これまでは、同時に複数の仕事をもって、仕事を「分散」させる人はほとんどいなかった。
なによりも、そんなことをする必要がなかったのだ。

ひとつの企業に就職すること、いわば自分のもっているすべての人的資源をひとつの会社に投資することは、基本的に賢明な選択と考えられていた。

しかし、いまや大半の人は、すべての人的資源をひとつの企業に投資することは全財産を株に投資するのと同じように愚かなことだと信じている。

資産運用の世界と同じように、仕事の世界でも「分散投資」が生き残りの条件になりつつあるのだ。

雇用の保障がもろくも崩れ去った結果、労働者にとって、仕事の「分散」は不可欠になった。
幼い息子と娘が働きはじめる頃には、「雇用の保障」などという言葉はもはや死語になっているだろう。

こうした変化をもたらした大きな要因は、リスクである。
組織が労働者に安定を保障していた時代には、ビジネスのリスクは組織がほとんど引き受けていた。

海外の企業との競争にさらされることはなかったし、国内の市場は巨大企業の支配下にあり、新しいテクノロジーが次々と登場することもなく市場は安定していた。
リスクは存在しないも同然だった。

一方、個人は安定をすべてに優先させ、リスクのもたらすマイナスの影響から身を守るために、リスクのプラスの部分を手放すことをいとわなかった。
しかし競争が激化し、新しいテクノロジーが普及して、ビジネスにともなうリスクはかつてとは比べものにならないほど大きくなった。

その結果、企業はすべての負担を背負うことに消極的になりはじめ、リスクを従業員に転嫁するようになった。

労働者の教育や訓練についても、似たような現象が起きている。
かつて企業は、新入社員をまる1年かけて教育したものだ。

しかし、変化のスピードが速くなって、企業はそうした投資をしたがらなくなった。

新しい技術を身につけたり、技術に磨きをかける負担を従業員に押しつけはじめたのだ。
その結果、遠隔教育やコミュニティカレッジで学ぶ社会人が増えている。

もちろん、大きなリスクを背負うことに後込みする人もなかにはいる。
そういう人は、リスクが増えれば痛みが増えると考えているのだろう。

一方、リスクの拡大を歓迎する人もいる。
そういう人は、リスクが増えれば報酬が増えると考えているのだろう。

大半の人はこの中間だ。
ほとんどの人は新しい試練におびえつつも、それを避けて通れないことをよくわかっている。

最良のリスクヘッジの方法は、様々なプロジェクトや顧客、技能などをもつこと。
すなわち仕事を「分散」させることだ。
会社勤めのかたわら副業をもつ人も増えている。

時代は変わった。

副業をもつことは、自分の人的資本の投資先を分散させる手段だ。
つまり、勤務先の会社が潰れたり、仕事を失ったりするリスクからの自衛策なのである。

近頃は、企業は社員教育をしたがらないし、起業家精神をもった社員が好まれる。
副業をもつことはクビにいたる道ではなく、仕事を得るための道になったと言っても過言ではなさそうだ。

たくさんの顧客やプロジェクトを抱えて働けば、ひとりの上司の下で働くより楽しいだけでなく、安全でもあるのかもしれない。

取引先や仕事、人脈を広げたほうが、仕事を失う危険を減らすことができるからだ。


「コア・コンピタンス経営」
目標を絞らないで、手段ばかりを絞っている会社が多い。

会社の長期的な方向に関する明確な構想がなければ、コア・ビジネスの定義は年中変わり、短期的な財務上の都合だけで行われる。
方針がはっきりしていなかったり、戦術がしきたりになっていたりすると、未来の成功はかなり危うくなる。

「どこに向かっているかはわからないが、慣れ親しんだ道から出るつもりはない」

という状況が、最も危険なのである。

必要なのは、明確な方針から生まれる新しい発想である。
新しい発想には自由が不可欠であるが、自由と放任は違う。

手段よりも目標を明確にしなくてはならない。
また、方針には一貫性が必要である。

すべての山や谷を予測するのが不可能である以上、目的地にたどり着く方法については十分な裁量の余地がなければならない。
戦略の方針は「方向」を大まかに指定するものであって、「方法」を指定するものではない。

リスクをかけすぎると一貫性が保てなくなる。

早まって未来への可能性を秘めたルートを放棄することは、早まって特定のルートに決めてしまうのと同じくらい致命的な結果を生む恐れがある。

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うーむ・・・
どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったかのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「うぉー・・・、今のやり方じゃー逆効果なのかも・・・ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ~ (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな~???

なーんて、感じません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪


のかも~???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?




★★★ ネクストストラテジーは、三方よし経営の黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に「三方よし経営」のお手伝いを行っております。
「戦略的な組織づくり」「戦略的な人材育成」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 (⌒人⌒)


【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?
手段の目的化とは?手法や方法論と目的や目標との関係って何だろう?
自律とは?自立とは?その違いって?自律型人材って何だろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って何だろう?


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?

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