2018年12月4日火曜日

リーダーとは?どんな組織にどんなリーダーが適しているんだろう?

「自分はリーダーにもマネージャーにも向いていないよな・・・って、つくづく感じる時があるんです・・・ (´;ω;`) 」
「カリスマ性もないし、ワンマンでもないし、ぐいぐいと引っ張っていくタイプじゃないし・・・ (|||▽ ) 」

「先代社長がまさにリーダーってタイプだっただけに、いつも比較されて本当にヘコんじゃいますよ・・・ o( ̄_ ̄|||)o--- 」
「強いリーダーシップが発揮できるリーダーが羨ましいです・・・ (;´д⊂) 」

などなど、このような切実な声をお聞きすることもあるんですが・・・
(;´・ω・`)

んでもって・・・

「三方よしの経営相談」「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」「組織力の強化や向上」などのお手伝いを行なっているからなのか・・・

いろんな意味で、考えさせられるコトもあるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

コレって、もしかしたら・・・

全体像を把握すると気づく事、俯瞰しないと気づけない事って何だろう?
「根本的な原因とは?真因とは?今見えている問題って本当の問題?」シリーズ
「経営者意識や経営者の視点、経営感覚を従業員に持って欲しい理由って?」シリーズ
「下請けからの脱却を目指す前に準備しておきたい事って何だろう?」シリーズ
「顧客とは何か?お客様って誰?等について考えてみると気づく事って何?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも~???

なーんて、感じることもあるので・・・ 

そもそもの話・・・

リーダーって、いったい何だろーか?
マネージャー(マネジャー)とは、何がどう違うんだろーか?

ぐいぐいと引っ張って行く人 = リーダーなんだろーか?
カリスマ性がある人 = リーダーなんだろーか?
ワンマン経営を行っている人 = リーダーなんだろーか?

何ができたらリーダーなんだろーか?
何ができなかったらリーダーとは言えないんだろーか?
それは、誰がどんな基準でどう判断するんだろーか?

リーダーやマネージャー(マネジャー)って、肩書きや役職などと関係するんだろーか?
それとも、関係ないんだろーか?

どんな時に、リーダーが必要なんだろーか?
どんな時には、リーダーは必要じゃないんだろーか?

どんな組織に、リーダーが必要なんだろーか?
どんな組織だったら、リーダーは必要じゃないんだろーか?

何のために、リーダーとやらが必要なんだろーか?
誰のために、リーダーとやらが必要なんだろーか?

などなどについて、一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも~?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと、まずは・・・

例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?
ヾ( ̄ω ̄〃)ノ


裸の男とリーダー ~モメンタムとムーブメント(社会現象)~(YouTube)


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んでー・・・

上記を踏まえた上で、次に例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?



「まず、ルールを破れ」
マネージャーとリーダーの仕事の核心には本質的な違いがある。

マネージャーとして極めてすぐれているにもかかわらず、リーダーとしてはまったくダメという現象があっても不思議ではない。

反対に、リーダーとして優秀な仕事をする人が、マネージャーとしては落第ということもある。

マネージャーは、リーダーに昇進するのを待っているミニ役員ではない。
リーダーは、高度な仕事ができるようになったマネージャーという単純なものではないのだ。

もしどんなマネージャーに対してもリーダーになることを期待して、この2つの役割を混同したり、あるいは「リーダー」を「マネージャー」のやや進歩した形だと単純に定義した場合には、本当の意味で重要な「触媒的」役割がいきなり過小評価され、マネージャーの仕事が正しく理解されなくなり、最後にはお粗末な結末が待っていることになる。

そうなると企業は次第に衰退の道をたどるだろう。


「採用基準」
一人の偉大なリーダーを待ち望む気持ちは、誰かが、この大変な状況を一気に変えてくれるはず、という他者依存の発想に基づいています。

自分たちは何もせずただ普通に暮らしていれば、いつか誰かスゴイ人が現れて、世の中をよくしてくれる、という救世主への期待です。

こういう人を待ち望む気持ちは、裏返せば思考停止と同じです。
神頼みと何も変わりません。

現状を変えられるのは、神でもスーパースターでもありません。

日本では、大きなプロジェクトが行われると、すぐに「誰がリーダーになるのか(なるべきか)」と話題になります。

そしてそういった重要なプロジェクトのリーダーになるのは、有名人であったり第一人者と呼ばれる専門家であったりと、傑出した人ばかりであるため、「一般の人はリーダーになる機会などない。リーダーシップは一般人には無関係なスキルである」、といった誤った受け止め方が定着しています。

しかし本来リーダーシップとは、そういった特殊なイベントを前提としない概念です。
それは普通の人によって日常的に発揮される、ごく身近なスキルなのです。

たとえば、マンションの管理組合の会合にお菓子の持ち寄りがあったとしましょう。
会合が終わり、帰り際になってもテーブルの上にはお菓子や果物が残っています。

こういった場面を目にした時の言動によって、人はふたつのタイプに分かれます。

最初のタイプは、何らかの問題に気がついた時、「それを解決するのは、誰の役割(責任)か」と考えます。
もう一方の人たちは、それを解くのが誰の役割であれ、「こうやったら解決できるのでは?」と、自分の案を口にしてみます。

この後者の人を、リーダーシップがあると言うのです。

「このお菓子、持って帰りたい人はいますか。お子さんがいらっしゃる方、どうぞお持ち帰りくださいな」と声を上げる人が、リーダーシップのある人です。

その場にいる人の多くは、机の上にお菓子が残ったままになっていても、「自分が声を上げるべき問題ではない」と考えます。
その場で「それは組合長が考えることだ」として声を上げない人の中には、そのお菓子を組合長が個人で持ち帰って孫にあげてしまったら、後から「ああいう行動はいかがなものか」、「公平性に欠ける」などと言い出す人もいます。

ですが、そんなことを後から言うくらいなら、自分からどうすべきか、現場で提案すべきです。
自分がリーダーシップを発揮することは決してないのに、結果に対して文句を言うのは無責任すぎます。

「そういうことをする役割の人」がいなければその役割を自分でやろう、という気もまったくないのが、この国の人の特徴です。

問題を解決するのは「それを責務として割り当てられた役目の人の仕事」であって、自分がそんなことをやるべきではない、やる必要はないと思うのでしょう。

世の中は"誰かが"うまくまとめてくれるのではなく、一人ひとりが力を出し合って、うまく回していくものなのです。

このように問題の大小にかかわらず、リーダーシップを発揮する機会は日常的に存在しています。

リーダーシップは、特別なイベントがなくても、大勢の人が関わらなくても使われる、ごく日常的なスキルでもあるのです。

そして今は卓越したリーダーシップを発揮している人も、最初はそういったごく小さな機会から少しずつそれを身につけたのです。

社会にはおかしなこと、不満に思えることがたくさんあります。

ニュースを聞いているだけでも、憤りを覚えること、なんとかしたいと感じることは溢れているし、職場や学校など、身近な場所でもそういった機会に遭遇することはよくあるはずです。

何らかの問題を認識した時、それを傍観することしかできない自分と、解決の糸口を見つけ、問題を解決できる自分を想像してみてください。

そういった問題に対処する力をつけたいと考えた人は通常、問題解決の手法を勉強しようとします。
自分が問題を解決できないのは、そういったスキルがないからだと考えるのです。

しかし思考の手法やフレームワークをいくら学んでも、自分の身の回りにある具体的な問題を解決することはなかなかできません。

なぜなら、世の中の大半の問題の解決には、他者やグループ、組織を動かすことが必要で、そのためにはリーダーシップが不可欠だからです。

もちろん問題の解決には、リーダーシップ以外にも分析力、技術力、専門性や先見性などさまざまな能力が必要となる場合も多いでしょう。

しかし、それらすべてを一人の人間がもっている必要はありません。

リーダーシップを発揮できる人が、そういった能力や知識、資質をもつ人を集め、チームとして率いることで、問題は解決できるのです。

リーダーシップ体験を積み重ねていくと、自分で解決できる問題の範囲や規模はどんどん拡大します。

最初は身近なグループの問題しか解決できなかったのに、次第に部署全体、会社全体、コミュニティ全体を変えるだけの力が身につきます。

リーダー体験を積み重ねて数年もたてば誰でも、過去には考えられなかったような大きな問題を解決できるようになります。

そうなった時、多くの人は「これで満足だ」ではなく、「ここまでできるなら、あの問題も解決できるかもしれない」と考え始めるのです。


空気ばかり読んでいると、空気しか読めない人間になる
空気ばかり読んでいると、空気しか読めない人間になる。

空気を作り出す立場が分不相応になり、社長業を長年やっているとそれなりの風格がつくように、空気を読んだり、顔色を見たりばかりしていると、部下根性が身に染みわたってしまうのだ。

どっぷり部下根性が身についた人間が、「チャンスだ。さあリーダー性を発揮しろ」と言われても、そりゃ無理というものだ。

同じ仕事をしていても、空気を作り出す側と読む側では、雲泥の差がある。

空気を読めたら、いい部下になる。
読めなければリーダーになれる素養がある。

どっちが向いているか。
どっちになりたいかだ。


「ヒーローを待っていても世界は変わらない」
「切り込み隊長」が待ち望まれる。
「強いリーダーシップ」待望論とは、そういうものだと思います。

この場合、悪人とは「世の中みんなが大変になっているのに、そんなことは関係ないと、自分だけ甘い汁を吸い続けようとする人たち」のことを指し、ヒーローとは「影に日向にさまざまな圧力をかけられながらも、甘い汁を吸い続けようとする者たちにひるむことなく、果敢に切り込んでいく人」のことを指します。

問題は処方箋です。
ではどうしたらいいか、でそれぞれの意見が分かれる。

私には私の意見があり、別の人には別の意見がある。
それが当たり前です。

逆にそうでなければ気持ち悪い。
みんなが同じ意見を持っているような社会は、自由な社会とは言えないでしょう。

だから、異なる意見を闘わせ、意見交換や議論をする中で、お互いの意見を調整することが必要となります。

誰かに任せるのではなく、自分たちで引き受けて、それを調整して合意形成していこうというのが、民主主義というシステムです。

しかしそれは面倒なことでもあります。

その場合、私たちには「民主主義を放棄する」という選択肢があります。
王制なら王様が決めてくれます。

その代わり、その面倒で疲れることを引き受けて調整して決めてくれた人たちの決定には黙って従います、という選択です。

調整は面倒くさいから嫌だ、しかし決定はさせろというのは、実際問題として成り立たない。
自分たちは要求はする、しかし調整はしないという態度は、結局、

「誰かが調整してくれ」
「ただし、自分の要求を通すように」

と言っていることと変わりません。


「経営者の手帳」
好業績を持続する企業の経営者を見ていると、リーダーの役割、リーダーシップの発揮の仕方が、これまでとは異なっているようだ。

これらの企業に共通しているのは、経営者やリーダーが業績などではなく、企業の使命を果たすために誰よりも努力している点と、人間味あふれる厳しさのなかにあたたかさとやさしさがある経営を進めている点だ。

だからこそ社員が燃えるし、経営者、リーダーを尊敬、信頼するのである。

お金より愛情、競争より共生、業績より継続、商品力より社会力などに関心を強めている人々は、自分だけが食べられるアメや、仲間へのムチなどを求めてはいない。


「学習する組織 -現場に変化のタネをまく-」
これからのリーダーは、人に対して、あれをしろこれをしろといった「すること」を指示命令しているだけでは機能しない。

私は、こういうリーダーのタイプを「DO型リーダー」と呼んでいる。
従来の指示統制型リーダーシップやカリスマ型リーダーシップがこれにあたる。

このリーダーは、リーダーとして「すること」に力点をおく。

「リーダーとして何をすべきか」「何をさせるか」を考え、メンバーに対して目標を示し集団を統率し、組織を維持成長させ、人々を引っ張り、人々に指示命令を出す。

しかし、自分自身は言ったことを実践していない。
このタイプをDO型という。

それに対して、「BE型リーダー」は、集団のビジョンや価値観を共有化し、人々の関係性や情熱を高め、組織を変革し、人々の成長を支援し、人々や組織、または社会に対して奉仕・貢献をする。

リーダーとしての「生き方」「生き様」に力点をおいているといえる。

最近よく言われる「サーバント・リーダーシップ」や「スチュワード・リーダーシップ」がこれに近いのではないだろうか。

自らバリュー、ビジョンを生き、またはバリュー、ビジョンを目指して努力し、言っていることと実際に行なっていることが一致している。

その人存在そのもの、その人らしさが周囲の人によい影響を与えているようなリーダーがBE型である。
リーダーとしての様々な要素からDOを引き算して残ったものがBEである。

DOを取り除いたときに何も残らなければ、これからはリーダーとしての役割を果たせないだろう。
感覚的に言えば、DOは身体の皮膚の外側にあり、BEは皮膚の内側にある。

ほとんどのリーダーは、自分がBE型かDO型かは、なかなか認知できない。
ところが、他のリーダーや管理者がDO型かBE型かはすぐに分かる。

そして、DO型のリーダーに心から共感することはない。

私たちは問題が起きたときに、なるべく早く将来に向けたアクションプラン(施策)を作ろうと考えがちである。

この作業をちょっと止めてみると、BEが見えてくる。

何をさせようか、どんな手立てを講じようかなどとは考えずに、今ここで自分はどうあればよいのだろうかと考えるのである。

自分の意識・姿勢・態度はどうありたいか、家族に対してはどうありたいか。

周囲の人に対してはどうありたいかを問うのである。
そうするとBEがクローズアップされてくる。

極端に言えば、明日死ぬとしたら、今日自分はどう生きるかと考えることに近い。

普通の人は、自分の意識や姿勢、態度が変わると、周りの人の反応も鏡のようにすぐに変わるのが分かるようである。

BE型リーダーがいれば相互作用が自然に発生し、次なるBE型リーダーを生み出し、最後には組織の一人ひとりがBE型リーダーになっていく可能性がある。

これからのリーダーシップは、特定の個人に求められるものではなく、組織のメンバー全員がBE型リーダーとして機能できる組織能力にあるのではないだろうか。


「サーバント リーダーシップ論」
サーバント・リーダーシップとは、リーダーの仕事はサービス業であると定義して、リーダーは部下の成功に奉仕すべきだ、とするリーダーシップ・スタイルである。

サーバント・リーダーシップの考え方は、「リーダーにはカリスマは必要ない」とする。

成功することによってカリスマが生まれるのであるから、まず組織が成功をするために何が必要かという立場を立脚点としている。

組織の成功とは、一度きりの大成功ではなく、成功を続けることである。
したがって、成功を続ける組織をつくることがリーダーの任務である。

次のリーダーを創り続けるためには、部下の成功を支援し、送りバントができるリーダーでなくてはならない。

このようなリーダーこそ、組織の末端に至るまで数多くの成功を生み出し続けることができるリーダーである、と考えるが、サーバント・リーダーシップの本質的な考え方である。

サーバント・リーダーが悩むときは、部下が自分の支援によってなかなか成功しないときである。
つまり、部下に悩むのではなく、部下を成功させられない自分に悩むのである。

もし、強引なリーダーに比べて、か弱いイメージを感じられるのであれば、それは大きな誤解である。

サーバント・リーダーは、組織的な成果を個人の成功の集合で達成しようとするリーダーであり、組織のあらゆるレベルを成功で満たそうとするリーダーである。

とても力強い、エネルギッシュなリーダーである。


「戦略と実行」
共有と同じような意味で、「腹に落ちる」という言い方があります。

こうしたトップの「夢」「ビジョン」を社員に分かりやすく、具体的に伝えることだ、などと小利口に考えてはなりません。

「腹に落ちる」とは、そうした「夢」を理解するうえで、そのためにはいろいろ辛いこともあるけど、やるしかないなと覚悟をすることです。

大変だけど、一丁やってみようかと心を決めることです。

そして、「夢」を社員の「腹におとす」ためには、理屈だけでは足りません。
そもそもどのような「夢」を持つかはロジックで決まるものではありませんし、

「こうすればこんな良いことがあるよ」

といわれても、

「こうしたいか」
「本当にそれが魅力的か」

は、個々人の気持ちによって決まるものです。

もちろん「夢」の達成の仕方はいろいろあっていいです。
その意味での考え方、見方の多様性はあってもいい。
いや、なくてはなりません。

ただ、「夢」を少なくとも共有できなければ、個人の力が組織の力としてまとまることはないでしょう。


「ドラッカー名著集 非営利組織の経営」
組織のリーダーを選ぶには何を見なければならないか。

第一に、何をしてきたか、何が強みかを見る。
成果をあげるのは強みによってである。
したがって、その強みを活かして何をしてきたかを見る。

第二に、組織がおかれている状況を見て、行なうべき重要なことは何かを考える。
そして、そのニーズに強みを組み合わせる。

第三に、真摯さを見る。
リーダー、とくに強力なリーダーとは模範となるべき者である。
組織内の人たち、とくに若い人たちが真似をする。

ずっと前のことだが、私は、世界的な規模の大組織のトップをつとめるある賢人から大事なことを教わった。

彼は70代後半だったが、人事の適切さで有名だった。
何を見るのかを聞いたところ、

「重要なことは、わが子をその人の下で働かせたいと思うかである」
「その人が成功すれば、若い人が見習う」
「だから、私はわが子をその人のようになってほしいかを考える」

と答えた。

これが人事についての究極の判断基準である。


「経営の未来」
リーダーシップを定義する要素は権力の行使ではなく、リードされる側の人びとの力の意識を高める能力である。

リーダーの最も重要な仕事は、リーダーを生み出すことだ。

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んでもって・・・

こんなのからも、一応考えてみるのはどーでしょう?


■ リーダーとは?
はてなキーワード
指導者の意味。

グループなどでは、長(おさ)たる人物のことをこう呼ぶ。
グループ内で最年長の人物であることが多い。


ウィキペディア
先頭となるもの。
グループ、集団を代表、指導、先導、統率する存在。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ~ (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

他にも、例えば・・・

「組織だからこそできること、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ
「やる気、向上心、チャレンジ精神などが持てる組織ってどんな組織?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って何だろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「人材育成とは?何のための人材育成?戦略的な人材育成って何だろう?」シリーズ
人材育成をマーケティング・コンセプトから考えると気づく事って何だろう?
「人材育成で効果が出る事、人材育成では効果が出ない事って何だろう?」シリーズ

などなども含めると、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお~っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ~♪


のかも~???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?




★★★ ネクストストラテジーは、三方よし経営の黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に「三方よし経営」のお手伝いを行っております。
「戦略的な組織づくり」「組織力の強化や向上」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 (⌒人⌒)


【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?
手段の目的化とは?手法や方法論と目的や目標との関係って何だろう?
自律とは?自立とは?その違いって?自律型人材って何だろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って何だろう?


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?

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